10.23
ICCサミット KYOTO 2020】創業100年以上の企業がイノベーションを生み出す
創業100年以上の企業がイノベーションを生み出す
中川政七商店、浅井農園、KOBASHI HOLDINGから見る事業承継の最前線とは?
「創業100年以上の企業がイノベーションを生み出す」をテーマとしたセッションが、エクストリーム・カンファレンスICCサミット KYOTO 2020にて開催されました。
本セッションからの示唆は、ファミリー企業のアトツギだけに留まらず、事業の持続可能性や地方中小企業とのコラボレーションなどを検討する大企業やベンチャー企業も含めて幅広く意義がある為、今回ICCのご厚意に基づき、三星グループ・ウェブサイトにて公開させていただくことになりました。
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登壇者情報
ICCサミット KYOTO 2020
Session 4F 創業100年以上の企業がイノベーションを生み出す
Supported by
Lexus International Co.
(スピーカー)
浅井 雄一郎
株式会社 浅井農園
代表取締役
小橋 正次郎
KOBASHI HOLDINGS株式会社
代表取締役社長
中川 政七
株式会社 中川政七商店
代表取締役会長 十三代
(モデレーター)
岩田 真吾
三星グループ / MITSUBOSHI 1887
代表取締役社長
<目次>
- リソースが限られていても、未来を切り拓こうとするベンチャーの姿勢に刺激を受けたのがきっかけ
- イノベーションは危機感から生まれる
- 危機感とは目標とのギャップから生まれるもの
- 全てを所有する必要はない。持つべきは自分たち独自のケーパビリティ。
- ファミリービジネスにおける意思決定のあり方
- 継げって言われた?帝王学派 vs 自由意志派
- 質問①イノベーションってトップ以外でも起こせるもの?起こさないといけないもの?
- 質問②これまでのイノベーション、次への不安はありませんか?
- 質問③事業の社会的価値ってどの程度重きを置いてスタートしましたか?
- 質問④ファミリー企業とスタートアップの協業はどうしたら増えるでしょうか?
- 質問⑤事業が変化する中で、変わらない思想や哲学ってありますか?
- 質問⑥「長く続けること」に、本当に価値はあるんでしょうか?
- 100年企業の智慧を、より広く社会へ還元したい
<以下本文>
岩田 真吾(以下、岩田)
皆さんこんにちは!このセッションは「創業100年以上の企業がイノベーションを生み出す」というテーマです。
「100年」という長さがポイントの一つなので、その長さを視覚的に表してみたところ、中川政七商店のせいであまり見やすいグラフになりませんでした(笑)。
せっかくなので、この長さ順で自己紹介をお願いします。
中川 政七さん(以下、中川)
奈良で、麻織物を扱う商売から始まった中川政七商店の中川です。
創業が1716年、江戸中期です。
この絵は明治に入ってからのものですが、当時は、奈良晒という麻織物を扱う問屋業からスタートしました。
その麻生地は武士の裃に使われていたので、明治に入って一気に状況が悪化します。
麻生地は、農村部で、農閑期の内職として作られていたのですが、武士がいなくなった後、どんどん作る人がいなくなりました。
そこで、私のひいおじいさんである中川政七さんがやったことが、製造に乗り出すことでした。
江戸時代創業で生き残ったのはうちだけだったので、これはある意味イノベーションだったと思います。
今は、工芸の分野では珍しいSPA業態、つまり製造から小売まで行う形態で経営しています。
2007年には「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、業界特化型の再生コンサルティングも行うようになりました。
この掛け合わせでうまくいっており、ビジネスモデルについてポーター賞を頂きました。
僕が入社した2002年に4億円だった売上が、直近では64億円にまで成長し、店舗数も、3店舗から60店舗にまで増えました。
浅井 雄一郎さん(以下、浅井)
浅井農園の浅井です。
100年を超える農家はざらにあるので私がここにいていいのか心配ですが、私の場合、先代から引き継いだ後に第二創業をしたので、そこが面白い点でしょうか。
初代は大阪で商人をしていた方で、大阪から奈良へ来て、5月にピンクの花を咲かせるサツキツツジの植木を作り始めたのが明治40年のことです。
高度経済成長期、そのサツキツツジは公共緑化ですごく使われ、当時の農家ではありえない水準である、5億円ほどにまで売上が伸びたのです。
そして創業100周年の2007年、私がサラリーマンを辞めて入社したのですが、その際は売上が4,000万円にまで落ち込んでいました。
そこで、花木だけでは難しいと考え、新たに作り始めたのがミニトマトです。
ミニトマトがよく売れたので規模を拡大し、キウイフルーツやアボカドなどのフルーツも作り始めました。
ブロッコリーなどの露地野菜も栽培しましたが、それらは台風の被害で壊滅するリスクの高い作物なのでリスクを避けながら経営し、12年間でグループ計30億円にまで売上を伸ばしました。
うちの軸は、R&Dとローカルです。
常に現場を科学する、研究開発型の農業カンパニーを目指しています。
息子が3人おりまして、継いでほしいと伝えているわけではないですが、誰が6代目として継ぐのかを楽しみにしています。
小橋 正次郎さん(以下、小橋)
KOBASHI HOLDINGSの小橋と申します、よろしくお願いいたします。
我々は1910年に創業し、畑や田んぼの土を耕す、鍬や鋤などの農業器具の開発をしていました。
農業機械の発展と共に、我々も農業器具から農業機械へ、農業機械からIoTなど先端技術の開発へと研究開発対象を広げてきました。
本社は岡山県にあり、100億円ほどの売上で推移しています。
4年前に、父親から社長を引き継ぎました。
社長に就任する前から考えていたのは、現状の日本の農業を見ていると、自分の会社が安泰だとは到底思えないということでした。
このタイミングで引き継ぐからにはやらなければいけないことがあると再認識し、それらを今1つずつ実行しているところです。
具体的には、100年の歴史に支えられた、ものづくりに関するノウハウや知識を、ベンチャーに提供しています。
例えば、ドローンの量産をしたり、社会課題を解決する事業を支援したりですね。
人や物だけではなく、お金も出資しています。
これまでの経営理念は「農家の手作業を機械に置き換える」というものでしたが、これを「地球を耕す」に再定義しました。
これまでは農業の機械化を推進し、農家の課題を解決してきましたが、これからは農業だけでなく数多くある社会的課題の解決に取り組むべきと思うようになったからです。
考えて、考えて、考え抜いた結果、この経営理念が降りてきました。
今日はどうぞよろしくお願いいたします。
岩田:
ありがとうございました。
皆さん、それぞれ特徴ある形で業態転換、イノベーションをしているように見受けられます。
中川政七商店で言うと、製造卸から直販に変更しましたが、もともとの事業を拡大したという自社単独モデルですよね。
浅井農園の場合、デンソーや三井物産などの大企業とコラボレーションして出資を受け入れていて、ものすごく大きい設備を持っています。100年企業と大企業の連携モデルですね。
KOBASHI HOLDINGSは、自社イノベーションのみならず、ユーグレナなどのベンチャーと研究開発面で組んでいます。ベンチャー連携モデルと言えるかもしれません。
つまり、それぞれモデルが違うなと思うわけです。
なぜそういう手法をとったのかを教えていただければと思います。
リソースが限られていても、未来を切り拓こうとするベンチャーの姿勢に刺激を受けたのがきっかけ
小橋:
我々のイノベーションのきっかけは、ユーグレナとのコラボレーションですね。
創業100年のタイミングを迎える2010年当時、新しいことを進めなければいけないと感じていました。
我々のフィールドは田んぼで、稲作農家が我々の機械を買ってくださっています。
稲作農家の収益向上や負担軽減を考えた時、人口減少や食の欧米化によって米の消費量が減っている今、米以外の収益源も必要だと思ったのです。
田んぼを何か他の用途で使えないかとずっと考えていて、ある日、藻類を育てればバイオ燃料になるという新聞記事を見ました。
そこで、大学の研究者や企業など色々な藻類プレイヤーに会いに行くなか、ユーグレナが「一緒にやりましょう」と言ってくれて、そこから始まったのです。
当時から、売れる・売れないではなく、「バイオ燃料ができれば、世の中にとって素晴らしいモデルになる」と思ってやり続けています。
これが始まりで、様々なベンチャー企業との接点を持つようになり、皆さん、色々な課題を抱えていることに気づきました。
その中で、ものづくりがスムーズにいかないからベンチャーの技術の実用化に時間がかかるということが見えてきたので、僕たちのリソースを皆さんに提供してもっと良いモデルができればいいと思い、1つ1つ取り組んでいます。
浅井:
ベンチャーへの投資など、これまで全然やったことないことに挑戦するのは、リスクが高いですよね。
いったい、どうやって意思決定されたのでしょうか?
小橋:
出会ったベンチャー企業は我々のようなリソースが無いなか、より良い未来を切り拓こうと必死に頑張っており、その姿に大変刺激を受けました。
イノベーションは危機感から生まれる
中川:
うちはファブレスメーカーなので、ものづくりで勝てる要素は何一つありませんでした。
昔の看板商品である花ふきんは、ミシンさえあれば似たようなものが作れるので、それで勝負していても先がないという危機感がありました。
イノベーションと言うと新しく現代的なイメージがありますが、イノベーションは死にかけた時に生まれるものではないかと思っています。
トヨタにしても、もともとは自動織機で、生きるか死ぬかの瀬戸際に立って自動車に転換したのだと思います。
小橋さんが言っていたように、何かを持っていたら生まれていなかったけれど、これじゃダメだという危機感とセットになって初めて、イノベーションが生まれるのではないでしょうか。
ですからイノベーションは、明日死にそうになったら出るもの、マインドセットの問題のような気がしますね。
岩田:
昨日、ICCのプログラムで京セラの会社見学に行ったのですが、その際お会いした新規事業担当の方は15年前に転職してきた方でした。
当時、稲盛(和夫)さんの作った事業を引き継いだ人たちは、その売上を落としてはいけないというマインドで働いているのを見て、それは違うと感じたようです。
それよりも、稲盛さんが現役だった頃のようにどんどん新規事業が出る京セラにしたいという気持ちで、クラウドファンディングを行ったとおっしゃっていました。
「何かを持っているとそれを守ってしまう」は皆さん共感できると思うのですが、それを乗り越えたのか、そもそも感じなかったのか、どちらでしょうか。
中川:
ある程度、事業が軌道に乗ると、何かを持ってしまいますよね。
それを捨てることが重要だと思います。
僕は2年前に社長を譲ったので、今のSPA事業については何も知りません。
今の自分はまちづくりの事業のみに携わっていて、その売上は1億円にも満たないものです。
ある意味、持っていたものを捨てたことになるので、色々考えました。
だからこそとても良いアイデアが生まれたと思っていて、来年春頃にはきちんと発表する予定です。
本当に会社が傾くような状態になるのは危ないですが、捨てられる状況を意図的に作るのも大事だと思いますね。
社員それぞれの成長についても、同じことが言えると思います。
よくドラゴンボール理論と言っているのですが、悟空は死にかけると毎回強くなりますよね、死にかけないと強くなりません。
ですから、今の労務法だと怒られますが(笑)、一度死にかけると強くなると思うのです。
危機感とは目標とのギャップから生まれるもの
小橋:
危機感がイノベーションを生むという話がありましたが、僕も半分同意です。
しかし我々の歴史を紐解くと、少し状況が違います。
僕は4代目ですが、初代が創業して実は2代目の時に危機を迎えました。
3代目である父が社長になった時、会社は非常に厳しい状況で、イノベーションをしたのではなく本業に回帰して、無駄なことは一切やらないようにして会社を立て直してくれました。
私が引き継いだ時、会社は盤石な財務状況で、未来への懸念はあるもののとても良い状態でした。
なぜイノベーションを志すかは、時間軸の話だと僕は思います。
短期的には危機だからイノベーションが必要だと思うかもしれませんが、未来から見た時、その時にやっておかないと手遅れになると思ったのです。
中川:
時間軸でもありますが、目標とするところが何かということかと思います。
中川政七商店の場合は、「日本の工芸を元気にする!」というかなり無茶なことを言い出した、つまり、目標をすごく高いところに置いたということなので、今は危機以外の何物でもないなという感じです。
岩田:
短期的なPL上の危機ではなく、「目標とのギャップ」で危機を判断するということですね。
中川:
小橋さんも、引き継いだ時にピカピカだったということなので、目標を思い描かなければイノベーションは起こらなかったわけですよね。
思い描いたことを実現するためには、時間軸を見ると、その時に動かなければいけなかったということかと思います。
でも、もしそれが小橋さんじゃなかった場合、思い描くことすらしなかったかもしれないですよね。
岩田:
小橋さんは、自社の社員にも危機感を持ってもらう為に、ベンチャーのような環境を経験させた方がいいと思いますか?
小橋:
出向させることはないですが、ベンチャーと同じような価値観で仕事をしてほしいと社員には伝えています。
「我々は色々なものを持っているのに、我々の方が遅いのはなぜ?」と聞いています。
「忙しいのはみんなだから、忙しいのにかまけてベンチャー側の話を聞かないと言うのは、何もやっていないことと同じだと思う」と伝えます。
そこまで言うと理解してくれますし、社員がそういうマインドセットで動いてくれれば、先方からの評価も高くなり、いいサイクルになりますね。
全てを所有する必要はない。持つべきは自分たち独自のケーパビリティ。
浅井:
私は、持つ者と持たざる者だと、持たざる者の方がチャレンジはしやすいと思います。
その環境要因は大きいのですが、企業全体がその状況になるのは危険なので、中川さんの言うように、擬似的に危機感を共有し、新しいことに挑戦する雰囲気をどう作るかが重要です。
トップの交代も1つのきっかけかもしれませんが、日常的に意識すべきだと思いますね。
うちの場合、借金がありましたし、売上が相当落ち込んでいたので、背水の陣でしたね。
3,000万円を借りてハウスを建てた時は、「これが本当に最後だよ」という雰囲気でした。
そこで失敗したらなくなっていたと思います。
しかし、そこに望みがあれば頑張れます。
先ほど、大企業とのコラボレーションという話がありましたが、それは手段でしかなかったです。
なぜコラボしたかというと、お金がなかったからです。
農業は資本装備率がかなり高いんです。中小企業庁の業種別ランキングを見ても2位か3位くらい。
生産をするには、ハウスや倉庫を建てなければいけないし、小橋さんから農機を買わないといけないし(笑)。
それなのに、生き物を相手にする仕事で、自然災害のリスクも高いのです。
そのリスクを考えると、100%全てを所有する必要はないと思っています。
三井物産と地元の製油会社との合弁会社では、私たちは20%しか所有していません。
デンソーとの合弁会社は51%持っていますが。
所有することにこだわらなくなると、気が楽になりました。
しかし、ひとつだけ持たなければならないのは、オリジナルの、自分たち独自のケーパビリティですね。
自分たちのコアとして深化させる部分、その独自領域さえあれば、所有にはこだわる必要ないと思います。
中川:
興味があってお聞きします。
もし三井物産やデンソーとの話があった際、銀行がお金を貸してくれていたとしたら、自己資本でいきましたか?
浅井:
うーん、その時点では大企業との合弁会社設立を選んでいたと思いますね。
最初の3,000万円の時はそれ以上の追加は無理でしたが、当時は結果を出していたので、おそらく銀行は貸してくれていたと思います。
ただ、自分たちの身の丈に合わない金額になっていたし、大企業が持つ、自分たちにないリソースやものづくりの技術を活用させてもらいたかったのです。
岩田:
大企業との関係性で課題意識はありますか?意思決定が遅いなぁ、とか(笑)
浅井:
意思決定などが遅いと思うことはあります。
ただ、合弁会社を設立する際、最初に僕は「同じ深さで一緒に汗をかけないならやりません」と伝えます。
売上が5兆円の会社と10億円の会社が同じレベルで、というのはなかなか難しいですが、結局は役割分担なので、同じレベルで汗をかくのが合弁会社を成功させる鍵だと思っています。
どちらかが上、下となってしまうと良い仕事は絶対にできないですね。
小橋:
まして、その上下が出資額で決まると良くないですよね。
浅井:
そうですね。
まあ実際、力関係はあるのでしょうが、それが嫌ならやらないと言えばいいだけです。
うちはベンチャーと似た立ち位置だったので、強気でしたね。
ファミリービジネスにおける意思決定のあり方
岩田:
先ほど浅井さんから、大企業の意思決定が遅いという話がありましたが、100年企業の意思決定プロセスについて議論したいと思います。
例えば社内で、今まで経験したことのないベンチャーへの投資の話が出たら、ハレーションが起きると思います。
こういう場合、先代とどう話すのか、社内にどう説明するかなどについて、小橋さんお話し頂けますか?
小橋:
日本では、中小企業が99%、そのうち家族経営が97%です。
そのような会社における意思決定がどうあるべきかについて僕は興味があって、研究していたこともあります。
我々の会社では、僕が100%株主です。
なぜそのような体制にしたかと言うと、それだけの責任を持つのが社長のあるべき姿だという父親の教えがあったからです。
親族との対立を避けるためにも、一子相伝、つまり全てのことを1人が引き継ぐべきだというスタイルがKOBASHI HOLDINGSにはふさわしい、という対話を乗り越えて、今の体制になっています。
こうなると、非常に迅速な意思決定が可能になります。
でもこれはレアなケースだと思っています。
皆さんの会社では、いかがですか。
浅井:
組織が大きくなるにつれて遅くなりがちです。
僕自身、第二創業で、このままいくとワンマンのカリスマ社長になっていきそうで嫌だな、と思っていたんですよ。
ですから最近、オーナーと取締役会は分けて考えないといけないと思っています。
せっかくベンチャーらしくティール型のフラットな組織にして、とにかくスピーディーに事業展開していくかたちにしているのに、「中小企業で100%オーナー資本だから、オーナーの顔を立てる」みたいな会社にはなりたくないのです。
古い感じの会社になりたくないという思いがあります。
中川:
理想的な意思決定プロセスとは何かって言うと、僕は「間違わないワンマンが一番早くて良い」と思っています。
でも、ワンマンが間違った方向に行くのを抑えるための構造が取締役会ですよね。
だから、本来的に取締役会はマイナスをゼロにするのが役割で、何かプラスを生み出すものではないと思っています。
実はうちは、300周年の2016年に上場するために準備をしていて、もう上場できる状態にまでしていたのですが、最後の最後に上場をやめたのです。
上場をやめた理由について話すと長くなるので割愛しますが、その後に、社長交代をしました。
僕としては、今の社長にワンマンでやってもらえれば良いと思っています。
僕は株主ですし、上場すればどれくらいの価値になるかも分かっていますが、それがゼロになってもいいという覚悟を持って代替わりしたつもりです。
代替わりした人間が口を出すのは最低ですし、僕は基本的に、ワンマンでいいと思っています。
岩田:
今は株主とワンマンが分離しているということですよね?
僕は、将来は中川さんのお子さんが社長として戻ってくるのかなと邪推していました(笑)
つまり、社長交代は一時的なもので、将来は中川家になるのかなと…。
中川:
中川家が100%株を持っていますので、株主としては離れようがないです。
ただ、今の社長の千石(あや)には、とりあえず10年は任せたと言っています。
僕の子供達は17歳と15歳なので、10年経っても継がないと思います。
ですから、千石と、その次の社長は中川家じゃない人間が担当するでしょう。
その先は分かりませんね。
僕の子供達がやりたいと言うかどうかも分からないし、彼らに能力があるかも分かりません。
もう家族だけでやっている規模の会社ではないので、能力がないなら社長にならない方がいいですしね。
継げって言われた?帝王学派 vs 自由意志派
岩田:
今、お子さんの話がでましたが、帝王学というか、人は役割を与えられると伸びると思うのです。
子供の頃から「将来は社長になるんだから」と言って育てるか、それとも「やりたいことをやればいいよ」と言って育てるかについては、どう思いますか?
中川:
僕自身は一切、帝王学のような経験はないですね。
父親がどういう仕事をしているのか知らなかったし、継げと言われたこともないので。
富士通を辞める際、転職先の1つとして選択肢があるなと思って選んだのです。
ですから社内でも、「自分にも転職する権利があるし、お前らと働くのが退屈になったら俺も辞めるからな」とずっと言っていました。
それで今回、転職したわけですよ。
岩田:
有言実行したわけですね(笑)。
中川:
僕は帝王学派ではなく自由意志派なので、自分の子供達にも話はしますが、自由にすればいいと本気で思っています。
小橋:
家によっても違いますし、それぞれだと思います。
うちは、生まれた時から帝王学でした。
でも「継げ」と言われたことは一度もなくて、むしろ「継ぎたいと思っても継がせないから」と言われていましたね。
能力のない人間に継がせないという意図で、自らの意思で入社して、能力で後継者として認められなければいけないと言われる環境でした。
岩田:
小橋さんは、認められたいという気持ちで頑張ってきたということですよね?
小橋:
勿論そうです。
岩田:
なぜ継ぎたいと思ったのですか?親父の背中がかっこよかったとか?
小橋:
ここがまさにファミリーの価値観だと思うんです。
上場志向があったり、売却したりと、会社について色々な考え方があると思いますが、僕の場合は永続性を重視しています。
100年続いてきたものを、200年、300年と続けていくためには永続性を重視しなければならないと思っていて、それをベースにいつも逆算して考えていますね。
ですから、イノベーションも起こるべくして起こっていると思っています。
浅井:
うちは、自由意志派です。
でも…もしかしたら、知らず知らずのうちに、子どもの頃から親からそういう教育を受けていたかもしれませんね。
「継げ」とは一言も言われていませんが。
正直なところ、農家というのは、中学校や高校時代に、少し恥ずかしいという思いもあったのです。
でもその経験を反面教師にして、自分の使命として、子供達が「農家を継ぎたい」という業界にしていかなければいけないと思っていますね。
あと、最後に一言、僕のフィールドは農業ですが、農地は流動性が低い業界です。
耕作放棄地も各地で増えていると思います。
僕は政治家にはなるつもりはないですが、農地の流動性を高めて、次の世代にバトンタッチできるようにしていきたいと考えています。
岩田:
ありがとうございます。ここからは会場の方との質疑応答に移りたいと思います。
質問①イノベーションってトップ以外でも起こせるもの?起こさないといけないもの?
木村 祥一郎さん(木村石鹸工業株式会社)
僕がイノベーションのことでいつも気になるのは、トップとか社長など高いところから俯瞰して見ている人以外もイノベーションを起こせるのかどうか?起こさないといけないのかどうか?ということです。みなさんは、どう考えていらっしゃいますか?
岩田:
現場の人ということですか?
木村:
はい、本来は現場から変わっていくべきだと思っているんです。
うちは10年ほど利益がずっと下がっていましたが、社内では特に危機感を持った雰囲気ではありませんでした。
毎年の目標額も同じで、期の途中になるとその目標すら忘れているような状況でした。
そんな状況にも関わらず新しいことをやろうと言い出すような社員もいなかったので、僕がやるしかなかったんです。
皆さんの会社においては、今後、現場からイノベーションが起こるようにしていくのか、それともトップがリードしていくのか、どう考えていますか?
小橋:
いろんな背景や今後の見通しなどをふまえて判断すべきことだと思いますが、有事かどうかが分かれ目だと思います。
本当にやばい時に、現場に「お前ら考えろ」と要求するのは違うと思います。
有事の時は、代表者である社長にしかできないことがあると思います。
平時であれば、自発的に社員の皆から芽生えるイノベーションは大いにあります。
経営者と現場では視線が違って当然だし、生の情報との接触というのは現場の方が濃いはずですから、良いイノベーションが生まれやすいだろうとも思います。
その使い分けが大事な気がします。
浅井:
僕はイノベーションは現場から起きるものだと思っています。
経営者がイノベーションを起こすと言うと、具体的にはどんなケースがあるのでしょうか。
あまりイメージができないのですが…。
中川:
現場で起こせるイノベーションと言うと、プロダクトレベルでは可能ですが、ビジネスモデルレベルは絶対に起きないと思っています。
経営者と現場では、見ているところ、持っている情報が違う、それぞれレイヤーが違うので、役割分担だと思っています。
質問②これまでのイノベーション、次への不安はありませんか?
菅原 裕輔さん(菅原工芸硝子株式会社)
創業100年以上の企業がとても多い日本ですが、その中身を見ると、小さなイノベーションは起こすが大きなイノベーションはない、だからこそ生き延びているのではという気がしています。
皆さん、大きなイノベーションを起こされていますが、次への不安はありませんか?
中川:
不安はあります、勿論。
工芸という業界でそれなりに大きくなりましたし、ものを作って売るという原始的な商売の未来がどこまで明るいかも不安です。
300年続いてきたものの、ものを作って売る商売がなくなることがあれば、それは役割を終えるということかもしれないと思っています。
岩田:
その際、中川政七商店をなくすのではなく、中川政七商店が時代に合った事業をやる、名前だけ残すという選択肢も…。
中川:
はい、ピボットというか、そういう変化はあっていいと思っていますし、そうなる覚悟は常に持っていなければいけないとも思っていますね。
岩田:
先ほど別のセッションで、ブランド適正規模の話が出ました。際限なく大きくなっていいのだろうか、という問題提起がなされていました。
そこでは、中川政七商店の場合、適正規模は50~60店舗というお話でしたよね?
中川:
はい、立ち上げる際に60店舗ほどと決めていて、今その目標に届いたので、これからはブランドの整理、店舗サイズを大きくすることに取り掛かるでしょう。
売上規模は100億円くらいが最高値だろうなと2010年くらいから分かっていました。
儲かっているからと言って120億円までいけるだろうと言い出すと、ちょっとおかしなことになるのではと思っています。
小橋:
「足るを知る」のようなことですよね、無駄なストレッチを掛けちゃうと歪が生じるという。
中川:
はい。
僕は、マーケティングとブランディングの違いだと思っています。
マーケティングの場合、1店舗でこれだけ利益が出るんだから、それの掛け算をしていって、効率が悪くなればそこで止めればいいという「数字の追い込み」みたいな考え方です。
でも僕たちの商売はもっと情緒的なものなので、数字の問題ではないと思っています。
岩田:
売上以外と言うと、何か別の指標をチェックされているのですか?
中川:
いえ、空気を読んでいます。
うちを知っている人も、ほとんど知らない人もいますが、それらのお客様が私たちをどう見ているのか、です。
例えば、一部の方には、中川政七商店はセレクトショップだと思われているらしいのです。
岩田:
思っている人、いるでしょうね。
中川:
やっぱりそうなんでしょうか。
会場で、中川政七商店はセレクトショップだと思われている方?(手を挙げた参加者がちらほら)
なるほど、でもうちの売上の7割以上は自社製品です。
ですから、セレクトショップだと思われているとしたら、それは僕たちが望む中川政七商店の見え方ではないのです。
ずれているわけですから、それを正していくのがブランドマネジメントですね。
質問③事業の社会的価値ってどの程度重きを置いてスタートしましたか?
鈴木 成宗さん(伊勢角屋麦酒 二軒茶屋餅角屋本店)
弊社はもともと450年ほど餅屋をしていまして、私の代でビール作りを始め、今は半分ビール屋になっています。
もともとうちの会社は家族経営で、近所の人たちを顧客にしていれば20年、30年先もずっと食べていけるだろうと思っていました。
今日、危機感という言葉がたくさん聞かれますが、私の場合、あえて危機感があったとすれば、商売の先が見えすぎて、自分の存在が分からない、希薄になっていくという思いがありました。
大学では世界と競争する研究をしていたのに、家業に戻ったら、2階で暮らして、1階で餅を作って売る…という、半径20mで1日が終わるような生活でした。
そこに危機感を感じて、ビール作りを始めたのかなという気がしています。
皆さんのようにしっかりした思いがあったわけではなく、ただ微生物と遊びたい、新しいことをしたいという気持ちだけでした。
今は、新しいビール事業の社会的価値は何だろうと考え、とりあえず世界一を目指そうと思っています。
皆さんは、社会的価値をどの程度考え、重きを置いていますか?
中川:
うちのビジョン、「日本の工芸を元気にする!」は社会性を含んでいます。
ただ、このビジョンにたどり着くまでに2、3年悶々とする時間がありました。
僕自身、2002年に入社した際、工芸をこうしてやろう!という思いは全くなかったので。
そんな中、利益を出さなければいけない、中長期的に存続する経営をしなければいけない、一方で、毎年取引先の廃業の挨拶を受け入れてきたのです。
それはやはり悲しいことで、これを止めなければいけないという思いが生まれ、それと社会的要素が混ざり合って、ビジョンにたどり着きました。
でも入社してから5年くらいは、このビジョンなしで働いていました。
ですからコンサルをする際も「ビジョンが明確に出せないうちに会社が倒産してしまったら元も子もないので、生きていくためにまずやらなければいけないことがある」と伝えています。
僕は、ビジョンというのはWill、can、mustの重なり合い、つまり利益追及、自己実現、社会貢献の重なり合いだと思います。
昔のCSRは自己実現と利益追及が本業であって、その横に社会貢献はポンとあるような形でした。
でも今は社会貢献も一体になってCSVと呼ばれる時代だと思います。
後からでも良いので、これら3つの重なり合いであるビジョンを作らなければいけないということです。
やっていることは、ものを作って売っている、それだけです。
ただ、何のためにやっているのかという観点で、時間がかかりましたが、このビジョンが生まれたということです。
それが決まれば、あとはその実現のためにやるべきことを逆算です。
この経験がなかったら、コンサルティングはやっていないですね。
岩田:
京セラも、「稲盛和夫の技術を世に知らしめる」というのが出発点で、社会性の観点は特になかったそうです。
でも創業から3年目に新入社員から「稲盛さんは私たちの将来をどう考えているのか?」と問われて初めて、社会に役立つことをして、彼らの将来に責任を持つ必要があると理解したということでした。
つまり伊勢角屋ビールも京セラと同じような始まり方といえますよね(笑)
それから、鈴木さんの言っていた、自分が希薄になってしまうという感覚は、どれだけ偉くなってもあると思うのです。
偉くなっても、ビルゲイツや孫正義をライバルに設定すれば、感じると思います。
そういう感覚は皆さん、ありますか?
中川:
この話を聞いても何の役にも立たないと思いますが…。
僕は孫正義を尊敬しています。
事業が違うので比べようがないとは分かっていますが、仮に孫正義が中川政七商店を経営したら…と考えることがあるのです。
岩田:
「このフィールドだったら負けてないぞ」という気概でしょうか?
中川:
いえ、負けていると思うのです。
でも負けてはいけないと思うので、どうすればいいかと考えます。
それを真面目に考えすぎて体中に蕁麻疹が出たので、ほどほどにしないといけないなという話です(笑)。
質問④ファミリー企業とスタートアップの協業はどうしたら増えるでしょうか?
松尾尚樹さん(松尾産業)
創業80年の商社で、私は4代目として最近継いだばかりです。
今回ICCというカンファレンスに参加しても感じたのですが、いわゆるオーナー企業/ファミリー企業とスタートアップの協業について、なぜここまで交わらないのかという点に問題意識を感じています。
それについてどうお考えですか?
小橋:
中小企業こそベンチャーとイノベーションをすべきだということですよね、僕もまさにそれを思っていました。
日本の99%が中小企業で、そのうちの97%がファミリービジネスであるにもかかわらず、ベンチャーの提携先は大企業が多く、中小企業がまれなのはなぜか。
中小企業の魅力が伝わっていないのかなと思います。
それを覆すための色々な活動をしていますが、中小企業こそベンチャーと組むべきです。
なぜなら、中小企業には、迅速な意思決定や長期的なコミットメントなど大企業とは異なる魅力があるからです。
大企業とだけ組むのはベンチャーにとってベストではないと思います。
もっと言えば、中小企業とだけ組むのでもなく、大企業、中小企業みんなを巻き込んだ取り組みをしたい、その成功モデルを全国の地方に広げ、地方創生が活性化すればいいなと思っています。
是非、一緒にやりたいですね。
若井映亮さん(株式会社TORIHADA)
弊社は創業3年目の若い会社で、歴史ある企業とのコラボレーションを図りたいと思っています。
危機感からイノベーションが起こるというお話がありましたが、それ以外にも歴史があるからこそのイノベーションの難しさや課題があれば教えてください。
浅井:
おっしゃるとおり、危機感からのイノベーションという話がありましたが、それはイノベーションの1つの形にすぎないです。
イノベーションには多様な形があると思います。
ベンチャーの良いところは、気づけないような小さな光、尖ったアイデアをチャレンジできるところだと思います。
うちもベンチャーと連携することが増えてきていますし、ベンチャーへの出資も考えています。
こういったコラボは今後もどんどん起こるといいなと思っています。
質問⑤事業が変化する中で、変わらない思想や哲学ってありますか?
上田 誠一郎さん(株式会社インターナショナルシューズ)
皆さん、外部から見ると、業態転換やイノベーションなど大きな変化が起きたように見えると思います。
しかし100年以上の長い歴史の中で、思想や哲学はあまり変わっていないのではと思うのです。
そこで、歴史の中で変わらなかったことを教えてもらいたいです。
結局最後は、誰かの役に立ちたい、世の中の役に立ちたい、というところに行き着くのかなと感じています。
小橋:
言葉を選ばずに言えば、人間って生きているだけで地球を汚しているわけですよね。
呼吸するだけで二酸化炭素を出しています。
だからこそ、少しでも地球を良くする活動をすべきだと考えているのです。
それは経済的活動もあれば、社会的活動、環境活動もあると思います。
分かりやすく言えば、正しいことをやろうということですね。
正しいことって何かと言うと、短期的収益を求めるだけではなく、中長期的な視点で行動するということ。
我々のような家族経営の中小企業は中長期的なコミットをする、そこはずっと変わっていないですね。
中川:
創業者の代からそういう思想があったのですか?
小橋:
と聞いています。
中川:
ほう、すごいですね。
岩田:
1910年ですよね。この頃はそんな発想はあまりなかった時代だと思いこんでいました。
小橋:
創業当時は鍛冶屋で、日本刀を作るか、農機具を作るかの二択だったようです。
当時、日本刀の方が儲かったらしいですが、そちらを選ばなかった理由は思想にあると思います。
岩田:
映画『もののけ姫』のたたら場を思い出しました。自然と文明の対比ですね。
鍛冶屋で、鉄を作るならせめて農機具を、ということですかね。
小橋:
まさしくそうですね。
岩田:
ちなみに、中川政七商店が奈良晒を始めたのは、社会的な観点はあったのでしょうか?
中川:
聞いたことはないですが、多分そうではないですね。
ビジョンを2007年に掲げた時、父に家訓などなかったのかと聞きましたが、「そんなものはない、そんなもので利益は上がらない」と言われました(笑)。
岩田:
全く同じ会話を、僕も父としています(笑)。
小橋:
僕も文献などを探しましたが残ってないので、言い伝えみたいな伝聞での情報しかないです。でも、KOBASHIのあり方から考えると、そういう考え方が出発点になっていると感じます。
質問⑥「長く続けること」に、本当に価値はあるんでしょうか?
宮治勇輔さん(みやじ豚))
神奈川県藤沢市で養豚業をしており、また、実家が農家の、都心で働く人を実家に返す「農家のこせがれネットワーク」というNPOも運営しています。
家業イノベーション・ラボというプロジェクトで、ファミリービジネスの研究もしており、家業は長く続けることが価値であり目的、そしてそれが日本の伝統と文化を作ってきたと思っています。
ただ、ICCサミットという場だからこそあえて逆に聞きたいのですが、長く続けることの価値は本当にあるのか、それは何なのかを聞いてみたいです。
中川:
長く続けることの価値は、特にないと思っています。
ただ、物に例えるとよく分かると思いますが、例えば茶道具の世界だと、500年も前からあるものが残っていて、くだらないものは残っていません。
そういうものは、時間の経過を経た空気をまとっているので、長く続けることで生まれる、そのような価値はあると思います。
しかし、長く続けることを目的にしてはいけないと思うし、常に状況は変わります。
地球を汚しているという側面もありますし、うまくやっていかないと先がないと思っています。
何が最適かという基準は常に変わるので、それに対してフラットに対応し続けることが経営だと思いますし、政治もそうあるべきです。
ですから、長く続けることの価値に重きをおくことで、そのフラットさが失われてはいけないと思うのです。
長く続いていることを褒められることは有難いですが、意識はしていないですね。
100年企業の智慧を、より広く社会へ還元したい
岩田:
皆さん、1時間超にわたって熱い議論をありがとうございました。
今回のようなテーマの場合、一般的にはファミリー企業の後継者にしか示唆を得られないと思われてしまいがちです。
しかし今回のセッションで、地方中小企業と言ってもベンチャーや大企業とも組んでいることが分かって頂けたと思います。
100年企業が培ってきた智慧は色々な人に役に立つテーマであることを今日参加された皆さんとも協力して、今後もしっかりと発信していきたいと思います。
本日はありがとうございました。
(終)